試論

恥さらしによる自我拡散改善法を中心に

前立腺①

 大学に5年目の授業料を納入した。父が働いた金である。
 今日は風が吹いて、銀行まで自転車をこぐのも不自由なほどだった。彷彿するものがある。



 関東でたぐいまれといわれるほどの積雪が記録された日があった。
 4年前のその雪の日というのが、入学することになる大学の入試の前日だった。近所は地形や家の壁がほとんど雪にうずもれてしまって白く曖昧な風景になっていた。
 朝、雪国育ちでこのような気候によく順応する母は新しいタオルと着替えを数日分用意して病院にゆくので、ぼくもそれに付き添った。
 
 父の手術がその日にあった。

 前立腺肥大症の手術は傷も少しも開かずにできるし、短時間ですむため負担は少ない。それにもかかわらず父も、母もぼくも、病院の薄暗い廊下を管や点滴のスタンドをひきずって歩く人達よりよほど具合が悪そうに見えたと思う。これは多分遺伝もあると思うが、僕たちは健康なつもりでも見た目が病人っぽかった。
 病室に入るとひょろひょろの老人がおしめ一丁で立っていたので病室をまちがえたかとおもってひきかえしかけたのだけれどよく見ると丁字帯をつけた父だった。

 執刀医が病室にきた。ドクターだなとは思ったがその先生があまりに若く、気だるげで色っぽい男だったので、最初こちらが怪訝な目で見てしまった。医者からしたら耳掻き程度の施術ということなのか、それともこちらからすぐに
「よろしくお願いします」
とかしずかなかったのがよくなかったのか、大した説明もなく挨拶もそこそこに立ち去っていった。