一生はきっともっと短くなる。光の速度は死なのだとおもう、わたしたちの時の流れが光に追いついたとき、わたしたちの肉体以外は光になって終わるのだと空想する。だからタイムマシンは成功しない。
短いだなんてはじめて思った。光るみんなはもっとはやくに気づいていただろうか。
昨年中はわたしといて愉快そうにしてくれる人を妬んだ。あなたらはどれだけ心が豊かなのか、とても爽やかに過ぎてしまい、最悪だった。わたしって空っぽで、他者によってそれぞれの空想や思い出を投影されてはじめてまともに存在しているっぽいような受像器なのだ。
KくんのLINEの一文に「今年の振り返し」という言葉があって、新しい言葉だと嬉しくなった。自動詞と他動詞の区別が苦手なこの子の誤り。面白がってはいけない、だから本人には言わず、じぶんだけのことばにしてやろうと思った。
眼鏡等
一月、教習所に入所したころひどくひとりだった、いいえ電子的な情報たちが与えてくれる賑やかさを友達の喧騒と聞きちがえていただけで、本当はずっと昔からおなじなんだけれど。
それらの情報源を断ったぼくは中学生のころにもどっていた。まだインターネットの文法に触れていないときの主観的で自由な自分。無限の他者の存在などはなく、知覚できる範囲内で完結している平たい世界。それが自分の帰る場所かと問えばそういうことではなかったが、ただかつてあった精神の位置にもどった。
英語や韓国語をなんとなく学び直し、なんとなく脳の衰えを実感した。物質としての私は確実にすり減っている。その延長で車に乗りたいと思うようになった。だれもが簡単そうに鉛の塊を操縦しているというのに、やってみないまま終わるのは惜しい。
車を教えるところは若者でごった返していた。疫病の影響で卒業できなかった人がいるぶん混み合っていると言われたが怪しい。それとは関係なく許容超えが常態化しているらしくまともな方法では教習の予約がとれない。免許を取ろうとする人の多くは学生で、彼らには実際にも気持ちのうえでも時間がいくらでもあるから平気で朝から晩までキャンセルが出るのを待っていたりする。私も同じつもりになってそこで時間を潰しまくった。
これを「車に乗れるようになりたかったら朝から並びなさい」と言いたげな教習所のスタンスが、中学の体育教師の理不尽さを彷彿させる。純粋な知識の伝達ではなく、精神性や道徳を刷り込むような、宗教的な種類の教育というものはもうこの先受けることのない最後の教育だろうとおもうと、逆にありがたかった。
坂道発進に差しかかった私はあたりまえにうまく行かなかった。算数の七の段、体育の逆上がり、ギターのF、スネアのオープンロール、トロンボーンのhiG、坂道発進。
「あなたは絶対にこの先行き詰まる。坂道以前の問題でね……」
そう不吉な予言をつぶやいたあと鈴木教官は坂道発進の指導を中止し、ただ所内を回るように指示した。教習が始まる前は小柄で柔和なおじさんだったのに、いつのまにか殺し屋の目をしている。二速入れる、クラッチ繋ぐ、遅い! アクセル踏む、遅い! のろのろ右折したら迷惑! 二速、クラッチ遅い! クラッチ! アクセル! クラッチ! アクセル!
「どうする! 坂道発進は諦めるか! できるか! やるか、やらないか、どっちだ!」
「やります!」
できなかった。教習が終わり殺し屋が降車したあと、私も車を降りる。ふわふわしたアスファルト。足の裏が綿になってしまった。
「ねえ、俺はあんまり厳しくするのいやなんですよ」いつのまにか現れた小さなおじさんが満面の笑みで言う。「次はゆるくやらせてくださいね」
その次というのは春になった。無線教習を終えてある程度自信過剰だった私の慢心は、鈴木教官によって再び厳しく戒められた。
「あなたはやさしい。運転に向いてない。人としてはとてもいい人だけど。仕事はなにしてるの」
校舎まで並んで歩きながら鈴木指導員が言う。
「スーパーで働いてます」
「企業名は」
「スーパーとんぷくです」
「ふうん。部門は?」
「加工食品……」
「売上構成比いくつ?」
「なんでそんなことまで……」
「バイト? どこの店舗? 鰓谷南店? 六大夫店?」
「六大夫です」
「グロサリーラインは300デプトだったね。農産250、海産260、惣菜270」
「あの、なんで……」
「あなたのことが気になって調べたんですよ。帰りはどのバスで帰るの?」
教習中の殺し屋の目よりもにこにこしながら不気味なことをいうほうがよほど怖かった。
そのあと怖いのでさっさと帰ろうと乗り込んだバスが出発する時間にも、鈴木指導員は現れた。乗り口から体だけ乗り込んでくると運転手に「ちょっとまって」と言いながら、私の手を握る。
「今度店に行くからさ。よろしく。そのときはチーフに『三番行ってきます』とかなんとか言って、そしたらふたりでお話できるからさ。じゃあね。また必ず教えるからね。またね」
教官の青い服が車外へと消えていくと、バス内には妙な余韻が残った。三番行ってきますとは、トイレに行くので持ち場を空けますという意味である。
また、ある初夏の日差しのしたには、検定車が回ってくるのを待つ私に話しかける人がいた。彼はさっき指導員からのぶさんと呼ばれていた。どうやら「のぶ」という苗字らしい。
「よろしくっす。緊張してますか」
のぶさんは指定された待機場所に歩いてきてすぐに私の心配をしている。手入れされた茶色い髪のつやと、ピアスがひかる。
「はい、とても。しませんか」
「全然しないっすね。余裕っすよ」
私は不安だった。理由はふたつある。この人が自信に満ちあふれていること、一方私は「実は一回落ちちゃったんです」二度目の受検であること。
「えっ。マジっすか」
マジなのだ。そのころ同居人に家賃を払ってもらえなくなり、その人の荷物を片付ける過程で次の女からの手紙を読んでしまい、トイレが詰まり、金もなくなり、小さな失恋に毎日泣き、検定に落ちて泣き、完全に自信を喪失していた。もうこのまま車を操縦することのできないまま死ぬんだ。ギターも弾けず、ドラムもへたっぴで、受験に失敗し、就職もせず、車すら運転できず死ぬのだ。
「こんどは大丈夫っすよ。絶対」
所内をとろとろ走る遠くの教習車たちを眺めながら聞いた。そのあと検定が済むまで、のぶさんはひとことも話さなかった。合格した。
数日後路上にはじめて出るときに、まだ遠くに見える門の邪魔なところにひとりぽつんと、人の後ろ姿があってこまった。教官が「大丈夫だから進んでごらん」というので近づいてみると、エンジンの音に気づいて振り返ったのは煙草をくわえたのぶさんだった。ぼくがあっと声をあげた理由を教官は知らない。
「また、いつか」
「そっすね。またっす」
検定が終わったとき、そう言い合ったのをおもいかえしながらハンドルを右に右に切った。むこうはちっとも覚えていないみたいだった。ぼくはずっと忘れないとおもう。
ドーナッツ
『夏の終り』がたしか自分のいつも座っているところの小棚にしまってあったはずだと思いだした母は、伯母と電話を繋いだまま探すが、ない。
なぜなら私の本棚にあるから。母を文学に触れさせようとした時期、世俗の内容を文学の手法で表現するこの小説なら入り口としてよいと考え私から与えたものを、母は読めなかったから、私が読んでじぶんの持ち物にしてしまったのだった。
チーフに本を借りたので、こちらからもなにか薦めようと実家に寄って数冊持ち出そうとするのを止められ、『夏の終り』を読みたいから持って行かないでという母。きっと伯母と瀬戸内寂聴が死んだ話にでもなったのでしょう。
探していたのは綿矢りさの『かわいそうだね?』だったが、なかった。代わりに適当に拾いあつめたのは『憤死』、藤野可織の『爪と目』、さくらももこの『そういうふうにできている』。
しかしどれも貸す気にならなかった。表紙をながめるとひとつずつ、貸さないほうがよい理由が浮かんできてしまう。
『憤死』は死とつくのがよくない、綿矢りさは受賞会見のイメージからか女流作家の柔らかさを想像されがちだが、結構アナーキーである。『爪と目』は母娘のよくない関係性を描いたかなり緊張感のある話なのでこれもよくない。『そういうふうにできている』はさくらももこが妊娠中に感じたことを綴った心温まるエッセイだが、ふたまわり近く上の女性にこれを貸すのは気持ち悪い気がする。そもそも『かわいそうだね?』などは前の女が現れて彼氏の部屋に居候しはじめるという最悪の内容なのに、それをおすすめですなどと言った無神経さが恥ずかしい。
「同棲していた人が急に帰ってこなくなっちゃったんですね。今年はそれで結構病みました」
私がレジの金を金庫に投げながら言うと、安田チーフは画面のシフト表から目を外して『ひどいね、女の子?』とたずねた。
そのお返しに読みきかされたチーフの失恋譚はそれよりも、『かわいそうだね?』よりも、『夏の終り』よりも苦かった。いま笑って話せているのはもう十年も昔のことだからねというが、絶対に本を貸さなくてよかった。
細美武士、藤井亮、浅生鴨、工藤玲音、100%ORANGE、好きなものをたくさん教えてくれたチーフに返すのによいものがなくて、最近見つけた "The Tea Dragon Society" を薦めることにした。閉店後の駐車場でぱらぱらとページをめくり、絵本作家になるのが夢なのだというチーフ。『ドーナッツ! マイボー旅立ちの詩』を読み終わったころ、店に導入されたドーナツ屋の什器。歯車のようだった。
できたばかりの青い免許証と金の免許証とを見せあって、免許の写真はめちゃくちゃになりがちと笑った。そのときにお祝いでもらったハイエースのトミカは玄関に飾っている。
最初に報告したのは親だった。免許を更新するか返納するか悩んでいた父親が、ついに決断したころである。
「でも寂しくないの。くるますきなのに」
穴の空いた免許証は終りを強く感じさせる。ぼくはあまりよく見ずに父の手に返した。
「いや、全然ないね、もういやになるほど乗った」
父はもっと愚かだったはずだ。他者の穴にも自己の穴にも無自覚で、分析的ではなかった。
このごろ、にこにこしている。母も、父以外のまえではにこにこしている。まるでこの世のことがなにもどうでもよくなったみたいだった。あるいは、私ももうこの人たちにとって内側ではなく、外側にあるものになってしまったようだった。またあるいは、ぼくのことはもう平気だと思っているようだった。
「ちょくちょく顔見せなよ。俺たちももう長くないんだから」
もういやになるほどというものを私はまだ知らない。きっとこれからも知らない。この人が空白を受け入れ、自分の一部として捉えはじめている。かつてそんな人間では決してなかったのにでもそれは私が想像しなかっただけで、その手はなんどもだれかにふりかえされていた。失いたくないもの、足りないものばかりの手ならば握ることしかできない。