試論

恥さらしによる自我拡散改善法を中心に

シンデレラ

 

 

 お姫様抱っこしてあげるといわれて、そういえばお姫様抱っこされるのが小さいころからの夢だったことを思いだし、寒気がした。

 

 

両方向への啓蒙

 むかしは、よく父から「おまえは女に生まれるはずが間違って男に生まれてきた」とののしられた。いまになってかえりみると、面白い表現である。男なのに男らしくないとか、そういう叱り方ではなく、間違って男に生まれてしまったのでしかたないという放任に近いものがある言い草だ。幼心にも変な親だなと思った。

 父も感化されやすいタイプなので、各種メディアの影響からか近年ではPC(Political Correctness)を気に留めるようになった。あまり性的少数者とか、それと同列に並べてはいけないとは思うが障害を持つ人たちのことなど、詳しくないことを口にしなくなった。素直に啓蒙されていっているのはいいことだとおもう。

 ある日、テレビでカップルの男のほうが女を抱えあげて、その行為をお姫様抱っこと称していた。そのお姫様抱っこというものをはじめて見てしまった私は完全に魅了された。強い男の人にあんな抱かれ方をするのってなんて素敵でしょうと思ったのだが、母親から「あんたは抱っこするほうだよ」と教わり、しゅんとした。それでもやっぱりあきらめきれなくて、たまにお兄ちゃんに抱っこしてくれと頼んだりしていたけれど、教育に悪いと思ったのか、一度もしてもらえなかった。

 また別のときには、赤ちゃんにおっぱいをあげる映像を見たとき、新しい命をこの世に残すなんてなんて素敵なことでしょうと想ったが、これも母から「あんたはおっぱい出ないよ」といわれた。知ってはいたし、別におっぱいが出たらいいなと思っていたわけではなかったが、永遠に、どんなに望もうとおっぱいは出ないし赤ちゃんは産めないという、性が持つ不条理性に対してのみ、ほんのすこし口惜しかった。

 

 

 別に大して相手が望むようなことをしてあげられるわけじゃないのに「宿泊でもいいですよ」などと口に出すんじゃなかった。朝、おじさんに生まれてはじめてのお姫様抱っこをされながらそう思った。汗臭かった。

 

 

酔拳

 こ汚いホテルを出ると、朝日でからからになったアスファルトのうえに、もはやどうがんばろうと家には辿り着けそうにないほど千鳥足の酔っぱらいがいた。一挙手一投足はさながら酔拳。だめだ、一か所にとどまったまま右をむいたり左をむいたり、後ろ歩きでもどったりしている。大学生くらいの、若い小柄な男の子だった。

 ぼくたちはふふふと笑いながら通りすぎた。男の子はついに炎天の大都会新宿の歩道にへたりこんでしまった。

「かわいそうにねえ、みんな帰っちゃって一人にされてねえ」と、おじさんは分析する。「ひとりであんなになるまでは呑まないから、昨夜はだれかと呑んでたはずなんだよね。ひどいことするねえ、そんなにブスってわけでもないのに」

ブスだったらぼくも放っておくけど。そういっておじさんは笑っていたが、急に心細くなってなにも言いかえせなくなってしまった。

 

 

 整形

 

 GIRL'S GIRL 女の子って最高

 たまたまこのあいだテレビで某美容外科の主催する整形シンデレラオーディションという催しに密着したドキュメンタリー番組をやっていたのだが、その美容外科で幼なじみの高瀬くんが脱毛を始めようと思っているというので、まあ脱毛は整形の範疇ではないような気がするけれど、安くはない金を払い、見た目に不可逆的な加工を施すという行為が、私のなかではなかなかタイムリーである。

 高瀬くんのことはまた別の機会に書かなくてはいけないのだが、彼は二年くらいまえから「いままで母親以外に言ったことのない悩みがあるんだけど、まだ君にも言えない」と、なにか重大な悩みがあることをほのめかしてきていた。それが髭についてだということが最近あきらかになった。そして近々、永久脱毛をすることにしたらしい。親に相談したら、金を出してもらえるという。

 

 私が整形というか、治療をするとしたらどこから手をつけるだろう。

 歯列の矯正を考えたことはないのか、と複数人からたずねられたことがある。一度もなかった。眼鏡を一個買うだけでも一苦労だった我が家の経済に、歯列の矯正などというものは夢のまた夢だった。いまでは、大学へゆくお金がなくなっても歯列を矯正してもらえばよかったと後悔している。まあ自発的に「ママ〜、歯列を矯正してよ〜」とおねだりするほど賢い子供ではなかったのが失敗だったのだが。

 

 鏡を見ながら、あの男の子はちゃんと家に帰れたかなあと激しく心配になった。あのまま歩きはじめたりしたら、車に轢かれてしまうよ。かといって、道端で寝ていたら熱中症になってしまう。お姫様になるのははやくあきらめて、面白い人間にならないといけない。