試論

恥さらしによる自我拡散改善法を中心に

気持ち悪い

 わかってる。わかってるけど、そんなのは関係ないくらいタカシさんのことを考えている。声もしぐさも趣味も最高なのだ。タカシさんとしてからアナルの形が変わった。話は合わないけど人間と話が合ったことなんて小学生のときで最後なので全然気にしない。それを気遣って、僕が話しやすいようにしてくれる。漫画やアニメやゲームも好きだけど、それを僕に強要してくることはなく、一切漫画の話題は出してこなかった。優しくて力づよい。お店決めてくれる、焼き肉勝手に注文してくれる、部屋が綺麗、いいにおいがする、お酒強い、かわいいっていってくれる、キスがうまい、ちんこ大きい、頭がいい、一晩中抱きしめて寝てくれる。隣で寝ている人のことを一瞬も忘れずに腕のなかで温めてくれる。歳の差があるといっても兄より若い。結婚したい。この人の子供産みたい。
 直腸に射精したら子供できないかな? きのうタラコ食べたからそれが腸に残ってて受精したりしないかな。そのままbabyになってアナルから生まれてこないかな。たぶん、たぶんていうか絶対めちゃめちゃ痛い。産道から産むよりもっと痛いと思う。死ぬかも知れない。でもいい、タカシさんの子供が無事ならそれでもいい。
 というか腸で着床したら、うんこどうしよう。もしかしたら赤ちゃんの栄養になるからうんこ出てこないのかもしれない。そしたらシャワ浣の必要もない。休みの日に一日中タカシさんのおちんぽでずぶずぶしても全然平気なのだ。なぜならうんこは赤ちゃんが栄養にしているから。
 タカシさんもぼくも言語に興味があるので、子供を被験体にした言語発達の実験にももしかしたら付き合ってくれるかもしれない。僕の作った各国語の音素を含んだ人工言語を習得させて、それから諸外国語を学ばせたら、どんな発音も容易にこなせるかもしれない。気音、無気音、軟音、硬音の識別も教えよう。性数格や人称の概念を子供の頃から叩きこむことで言語障壁のない子になるかも。タカシさんの血を継いで頭がよくて社交性があり体格のいい子に育ってほしい。どうか私には似ないでほしい。
 待って、私に似る可能性ゼロだ。だって私の卵子じゃなくて鱈子だもん。鱈っぽい子が生まれてきたらどうしよう。半魚人だったらどうしよう。それはそれで珍しくていい。女の子だったら人魚かしら。
 でも少し悲しい。タカシさんと別の女の子供ということになる。そんなのやだ。タカシさんと僕の子供がいい。
 タカシさんは29歳までは女の人が好きだったという。まだ女の人のことが好きかもしれない。むしろ女の人とのほうがプラトニックな関係を築いてしまうかもしれない。そして、半魚人を育てることのままならなさやストレスでカリカリしはじめた僕のところにあまり帰ってこなくなって、性的関係のない別の女のところに添い寝しにゆくのだ。甘えられる人を探せばそれは女の人ということになる。だれかを抱いて寝るのが好きなタカシさんにとってそれが誰だかはたぶん関係ない。人形でも男でも女でもいい。
 タカシさんは優しいしいい職に就いてるので、意図せずにその女の気を惹いてしまう。頼まれたら断れないタカシさんは十数年ぶりに女とセックスをする。やっぱり女のほうが気持ちいいな~と思ってしまうでしょう。奥が見えないほど奥深いより、届くところに壁があったほうが気持ちが楽でいい。そして正しい方法でbabyが産まれ、トラディショナルでリーガルなスタイルでふたりは結婚する。
 ぼくはただひとり、半魚人の面倒を見続ける。人間の世界でその子を育てるなんて無理だった。だんだん、私を見ているような気になる。社会に馴染めないその子に私の血は流れていないのに、目に見えない二十らせん構造の絆がぼくたちを結んでいた。
 そしてそれでも、やがては手に負えなくなって、海へ還す。暗く深い海に希望を抱いて泳ぎだし、遠くなってゆく我が子の姿にだれかの背中の影を重ねて懐かしみ、老いてゆくのだろう。あなたに居場所はない、わたしにも。どこへ泳ぎついたとしてもきっと永遠にひとりなのだ。