試論

恥さらしによる自我拡散改善法を中心に

ρυθμоς

 5月中旬に一週間ほど家から出ずにTWICEとRed VelvetのMVや音楽番組に出演したときの映像をYouTubeで再生しつづけたあと、なにかを考える時間を減らさないと死んでしまう気がして、バイトをはじめた。スーパーの品出しのバイト。
 特にやりがいはないがつまらないわけでもない。楽なわけでもきついわけでもない。なんの技能もいらない単純作業だった。これでお金がもらえるのか。大した仕事もしてないのに働いてる感だけかなり出ていて、それも面白い。いらっしゃいませ~とかいっちゃってる自分がたまに笑える。なにがいらっしゃいませだブスお前の店じゃねえだろ。

そしてなじめない

 同じ部門の大学生アルバイターたちからは厄介な存在として如実にけむたがられている。
 このあいだレジの上柳さんにそれを相談したら、ちゃんと会話しないのが原因だといわれた。そうじゃなくてみんな最初からぼくのこと嫌ってるんだよう~だから会話できないんだよぅ~と子供のようにわめいてみせたが、上柳さんはじぶんが職場でいかに愛されているかを語りはじめたので、もうこいつのことはデブと呼ぶことに決めた。
 デブとはアプリで知りあった。このスーパーに僕を連れてきたのもこのデブだった。この人はデブで気さくで人気者なので店中の人たちが上柳く~ん上柳く~んと彼をちやほやしていたが、そのなかの誰一人として、新しくバイトに入ってきた物を言わない不気味な男が、あの上柳くんのちんぽをしごいたり乳首を舐めたりしたことがあるなどとは想像だにしなかった。
 終業後、イライラしていることが多いのだが、結局嫉妬と孤独感が原因。愛されるデブに嫉妬しているし、なにかが満たされなくてもほかのもので器用にバランスをとって人生を楽しめているデブがうらめしい。ひとつがうまくいかないだけでいつまでもそれに固着して悩むなんて愚かだ。
 職場のみんなとは愛想よく普通のお話をしているデブをかいまみる。品出しでダンボールを開けるとき指が傷ついて荒れる。商品に血がつく。ぼくにもそういう上柳さんだったらよかった。真顔でディズニーランドやカードキャプターさくらやシャドウバースの話を延々する上柳さんではなく、笑顔でナイキのスニーカーの話をする上柳さんがよかった。
 ぼくのまえでは全然笑わないデブ。

大学

 バイトをしている以外はなにをしているかというと特になにもしていない。
 木曜と金曜の午前に大学の授業を入れている。中国語とギリシャ語と講読。3コマだけなのにちゃんとこなせなくなってきている。課題もためてしまっている。あんなに楽しかった語学も小説もこころに余裕がないと楽しめないということがわかってからはもはや楽しもうともしなくなった。悲しいだけだから。単語が覚えられない。IQの低下がとまらない。
 単語が覚えられないといえばギリシャ語の音と意味の結びつかなさには目を見張るものがある。agathos(アガトス)は「良い」という意味なのだがどう聞いても悪そう。だってアガトスだよ。諸悪の根源だろ。
 英語のある単語を引き合いにだしてこの単語の語源がギリシャ語のこの単語ですよなどといわれても、そもそもスペルが異常すぎてギリシャ語感が半端じゃないから意外性がなくつまらない。rhythm(リズム)という英単語もrhythmos(リュトモス)から来てるし、psycho(サイコ)という言葉もpsyche(プシュケ)から来ている。そのまんまやないかと思う。そういうの語源っていうんですかね。

 中国語の授業で話しかけてきてくれるフットサルサークルの男の子はむちむちしてるしおしゃれだしいい匂いがする。最近の学校の記憶それしかない。リスニングわかった?ときかれてぜんぜ~んとこたえたら、洋画みたいに肩をすくめて「俺もちんぷんかんぷんだぜ」と言っていた。たぶん馬鹿。
 服の名称を覚えるとかで、いろんな洋服の絵と中国語での呼び方が印刷されたプリントが配られた。シャツとかスカートとかスーツとか。
「これ絶対覚えておいたほうがいいよこれ」
みれば、彼が指差しているのはブラジャーだった。
 2年生のときの英語の授業を思いだす。戦時中のことを英語で考えるという単元があって、ある男の子が「アメリカの兵隊さんがパンとパンパンをくれた」という駄洒落を言っていた。それを聞いて女の子ですらへらへら笑っていた。気持ち悪い。


川崎

 1ヶ月に一度か二度ほど川崎のライブハウス川崎Bottomsupへおもむき、私音楽やってるんですみたいな顔をする。客も呼べないしお金も払わないのに優しくしていただいている。
 中学のころから「音楽が好きじゃなくなったら私死ぬな」と漠然と思っていたのだけど、本当に音楽が好きな人たちといると私って本当にこれが好きなのかどうかわからなくなる。死に近づく。
 このあいだ、シガさんとメリさんの組んでいるシガメリというユニットにサポートドラムで入らせてもらった。全然サポートになってなくない?楽しいからいっかと思った。やけ酒して吐いた。お酒弱い。
 その二週間前のリハで利用させていただいたときに他の客から「どうやったらシンバルをそんなにきれいに鳴らせるの?」と皮肉めいた顔でいわれたのでなにもいいかえせずにやにやしてしまったのだが、あのときの傷を今更見つけた。心の肘の裏の切り傷。さっきあんたあたしのへんてこなドラムを嗤ってなかった?と思ったけど、嗤ってなかったかもしれない。幻聴だと思う。
 ドラム叩いてるとき、いつも嗤われている気がしている。演奏中の姿を撮影してtwitterにアップしてくださるウミウシさんという方の写真を見ると、普通に幻聴に苦しむ病者の顔をしていてつらい。
 私だけが知っている事実だが、川崎にはいい男がいっぱいいる。単純に人が多いからだと思われるだろうが、たぶんちがいます。磁場です。


 シャワーを浴びたあと濡れた髪のままで服を着ていたら「そのほうがいいじゃん!」と言われて腹がたった。つねに水、浴びとくか?
 絶対に言いたくないことで兄弟全員恥に思っていることなのだが、うちには風呂がない。風呂なしのアパートというやつがあるではないですか、それに家族で暮らしているので、風呂がない。銭湯に行っているので不潔なことはないと思うけど、時間がないときなど銭湯になどわざわざ行ってられないので不便。
 今日も夕方からバイトなのだが、昼に人と会ってからバイトに行くとどうしても時間がないから、ふつうにその人の家の風呂を借りた。東京までわざわざ会いに行ったので、申し訳なさとかはなかった。ずうずうしいなと自分でも思う。
 食う寝る、働く遊ぶ、生む生まれる、死ぬ殺す。小さい周期も大きい周期もある。地球がまわるから人間も回る。