試論

恥さらしによる自我拡散改善法を中心に

くつした①

 中学生のときに履いていた白い靴下をたんすのなかからひっぱりだす。修一さんは靴下に性的興奮を覚えるという。



 はじめ、そのとき履いていた靴下の写真をとって送ったら「ちがう、そういうのではない」といわれた。ではどういうのがいいのかとたずねると、紺や黒のビジネスソックスや、白のスクールソックスがいいのだという。

 これは、なるほどと思った。スポーツのユニフォームや特定の職業の制服が好きだという人がいるが、それに近いものだろうか。

 ぼくは中学の校則で定められていた白い靴下を履くと、その画像を送った。少し長くて、すねげの生えたところまで写りこむのがみにくい。
「違う」
という返信がきたとき、なんてわがままなひとだろうと思って絶句した。
 相手からスクールソックスの画像が送られてきた。
「よく見て。違う」とのことだが、どう見ても同じにしか見えない。

「どこがちがうの?」
「うえのところ」

うえのところを見た。足を入れる口の部分だ。
 ぼくの履いているものはつま先からうえまで一直線に編み目が続いている。
 参考画像の靴下を拡大してよく見ると、口の部分だけ編み目が減らしてあって、セーターの袖口のようにほんの少し狭まっていた。

「探してみるけど、ないかもしれない」
「買ってきて。セブンイレブンに売ってる」

変な夢を見ているみたいだった。


 さいわい買いにいかなくても家にあったので、それを履いて再度画像を送った。これでちがうと言われたらブロックしようと思っていた。

「すごい」
そうひとこと、送りつけられた。
 あなたがすごい。




 八時半に〇〇駅で待ちあわせといわれてそのとおりにしたが、修一さんは仕事で遅れるとのこと。予定は靴下以外決まっていなかった。
 時間を潰すためにドラッグストアで買い物をした。

「何口にいればいいですか」
という言葉が通じず、的外れな返答が帰ってくること数回、
「どちらの出口にいたらいいですか」
とたずねなおしたら、「北口」と答えてくれた。
 しかし、そこで一時間待っても来ず、結局〇〇線に乗って、彼が住んでいるところまで出向くことになった。
 ○○線とは、いつも使っている××線各駅停車の窓から見て低い位置を走っている、やまごぼうのようなオレンジ色をした電車の走る、小規模な路線である。10分に1本来る。

 
 彼の家の最寄り駅で降りると、真っ暗な住宅街で呆然と立ちつくした。ぼくはなにをしているのだろう。白い靴下を履いているぼくは。

 あとから知った話だが、両親が出会った会社はこの近くにある。
 もう50年近くまえの話なので当然だが、いまはもう田舎から集団就職をする若者がまずここに来るようなことはなさそうだ。商店街や自然な営みは廃されて、不自然なマンションやチェーン店がならぶ。街も人もいれかわる。

 小さい駅舎の横、道に面した切符売り場の明かりの幕のなかに突然、ぬっと黒い人影が入ってくる。
 その人は案外、謙虚な会釈とあいさつをして、あとはなにもいわず、足早に歩きだした。
 手にはかどばったビニール袋をぶら下げている。
 知らされていた情報よりずいぶん恰幅がよく見える後ろ姿だった。実は彼はさばをよんでいて、体重は65キロと言われていたが、実際には80キロを超えていた。
 
 得をしないほうに詐欺をはたらいているなあと思い、その不器用さに少し笑った。